声をあげて社会を変えるソーシャルワーカー、サーロー節子さん

子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.113 ソーシャルワーク・タイムズ vol.206

· AOP

先日、トロントで行われたサーロー節子さんの講演に行ってきました。

サーロー節子さんは、核廃絶の運動に尽力され、昨年ICANがノーベル賞を受賞した時に代表で壇上でスピーチされたことで有名ですが、節子さんが社会福祉を学んだソーシャルワーカーだということをご存知でしょうか。

今回の講演会は、トロント大学のソーシャルワーク大学院の同窓会主催で行われました。

恥ずかしながら、私も先日まで節子さんがトロント大学でソーシャルワークを学ばれた大先輩だったことは知りませんでした。ちなみにトロント大学のソーシャルワーク大学院はカナダで一番古いソーシャルワーク養成機関なのだそうです。

今回は被爆者として核廃絶のための運動だけでなく、ソーシャルワーカーとして、そして非営利団体を設立するなど活動家としても活躍してきたサーロー節子さんの講演をご報告します。

サーロー節子さんは現在86歳。13歳の時に広島の原爆投下の爆心地から1.8キロのところで被爆されました。原爆により多くのクラスメートや家族、親族を亡くします。しかし戦後、非常に生活が厳しい中でも、自分の家族だけでなく、他人をも助けていた母親や周囲の女性たちに感化され「人を助けること」を学びたいと思ったそうです。

大学を卒業後、1954年にアメリカに留学したタイミングで、ビキニ環礁の水爆実験がありました。アメリカに到着後、公的な場でそのことについて質問された節子さんは、水爆実験を批判するコメントをします。それに対し、アメリカで大きなバッシングを受けてしまいます。その時のことを「アメリカ生活のスタートはひどいものでした」と振り返っていましたが、その頃から勇気と信念がある女性だったことがわかります。

その後トロントに移られ、社会福祉やソーシャルワークについて学ばれました。その際に、「日本でそれまで聞いたことのなかった『人権』『公正』などの概念を知り、衝撃を受けた」と語っていました。

そして同時に、原爆や核兵器に関するカナダ人の意識の低さに驚いたそうです。「ほとんどのカナダの人は、原爆投下についてあまり知りませんでした。『原爆はアメリカと日本の二カ国間の問題でしょ』という感じだったのです。実はそうではないのに」。

これではいけないと感じた節子さんは、求めがあればどこへでも出向いて被爆者として話をするようになりました。その時には「『広島や長崎の原爆で亡くなった約26万人』という大きな数字だけでなく、その一人一人に人生があった」ことを示したいという考えから「『水が飲みたい』と言いながら肉の塊のようになって亡くなった4歳の甥」の話をするのだそうです。

このような活動と同時に、トロントではソーシャルワーカーとして働かれます。トロント教育委員会に20年以上勤務している中で、マイノリティに対する福祉サービスがとても少ないことを実感した節子さんは、日本人向けの非営利組織「Japanese Family Services of Metropolitan Toronto(JFS) 」の設立に尽力します。JFSは現在も「Japanese Social Services (JSS)」という名前になり、カナダの東側で唯一日本語で様々な相談やカウンセリングができる団体として存続しています。

さらに、アクティビストとしても、トロント市など自治体に働きかけて様々な取り組みをしてきました。その一つが、トロント市庁舎の一部に平和の広場を作り、広島の平和の灯の炎を運んできたことです。今もその炎は、トロントで燃え続けています。

講演の最後に節子さんはこう述べます。「人は私に『おめでとう』と言ってくれるけれど、それは違うのです。これは、今まで活動してきた世界中の人々、核廃絶を望む多くの人々がつかんだノーベル賞なのです。」そして「核兵器禁止条約は制定されましたが、アメリカ、日本、カナダなどの主要国は批准していません。本番はこれからなのです。これから一緒に頑張りましょう」という言葉で講演を締めくくりました。

講演中はずっと立っておられ、とても力強い言葉で語られました。さらに講演の主題である自身のお話だけでなく、これからの運動につながるメッセージを発信する場にしてしまうという、なんともパワフルな講演会でした。

ソーシャルワーカーや活動家として発信し、仲間を募り、組織を作り、社会に働きかけ、制度を変えるという「個人的なことは社会的なこと」を、今も実践されている姿をみて、パワーをいただきました。ソーシャルワーク・社会福祉を実践する人は、社会を変えることもできるのだ、と。

余談ですが、講演後に少しお話する機会がありました。その際には、打って変わってとても優しい口調で、一緒に講演を聞きに行った子どもたちのことを「長い時間、大変だったわねえ」と気遣ってくださり、それもまた感動でした。

節子さんのノーベル平和賞受賞の際のスピーチはYouTube等で見ることができます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。