民営化が進む国

ソーシャルワーク・タイムズ vol60 子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.8

· 制度政策,組織論

日本は春らしい日が増えてきたのではないでしょうか。今回、カナダに来て初めての冬でしたが、水道管が凍ってしまい、2週間ほどお風呂場のお湯が出ないというトラブルに見舞われました(泣)。幸い台所からはお湯が出たので、お鍋でお湯を沸かしたりして、行水をするという非日常感を子どもたちと楽しみました(が実際はとっても面倒でした…)。その氷も解け、また快適な入浴タイムを楽しんでいる今日この頃です。

さて現在、留学中のカナダでは約30年ほど前から福祉サービスの民営化が進んでいると言われています。今では子ども関係、高齢者、障がいなど福祉に関わるサービスのほぼすべてが民営化されています。それらは政府や州からの委託金、補助金や助成金、また企業や個人の寄付、そして事業収入で運営されています。

例えば、オンタリオ州で虐待への介入や里親制度の運用など児童相談所の役割を担うChildren's Aid Society(CAS)も民間組織です(職員はトロント市だけで850人くらい)。ほぼ100%政府と州のお金で運営され、公的な仕事を担っています。我が家の子どもたちの通うアフタースクールクラブはトロント市内で4カ所の児童とユース向けのセンターを運営していますが、その収入の内訳は政府や州の補助金が約40%、民間の助成金約11%、個人と企業からの寄付約11%、基金からの拠出約10%、利用料金が約6%などだそうです。日本では学童の運営費のうち、保護者が支払う保育料の内訳が約60%なので、カナダのアフタースクールクラブの利用料が年間約5,000円(日本では月5000円くらい)と安いのにもうなづけます。

福祉サービスの民営化は、政府や自治体の財政面をカットできるという点で、カナダを始め様々な国で推し進められてきました。民営化をすることにより組織間の競争原理が働くため、より柔軟で独自性があり、質の高いサービスが提供できるなどの利点があるとも言われます。

しかし落とし穴もあります。カナダでは近年の政権の方針で、福祉サービスへの財政カットが起こっています。政府や州からの補助金が減らされ、事業を存続するのに苦労している団体が増加しているのです。実際に事業を中止したり、お給料のカットやスタッフのリストラをせざるを得ない状況もあります。特に若い世代には、非正規職員や短期雇用(プロジェクトの補助金が出る数ヶ月や数年間の契約)が増えているのです。

カナダでは非営利組織に対して、民間企業や財団からの助成金や寄付も盛んです。しかし獲得競争が激しいだけでなく、獲得後も使える費目が厳密に決まっていたり、使えない費目があったりして、組織としては使いにくいのが正直なところです(日本もどんどんこうなりつつあります)。さらに近年では、助成したプロジェクトに対し、短期的で目に見える成果が求められる傾向にあるそうです。担当者は細かく指定された報告書を作成しなければならず、事務的な仕事が増えてサービスに割ける時間が減ってしまうという声も聞きます。最近では、助成金や寄付などの資金集めを代理で行う会社もあるんだとか。

日本でも保育園や学童、高齢者施設などの福祉サービスがどんどん民営化されてきていますし、これからも民営化は進むでしょう。しかし、例えば特養では、近年補助金や建設費への交付金が減り、事業者負担がより大きくなっています。そのため都道府県の半数以上で事業者の応募がないために、特養の建設が中止や延期になった経験があるというニュースを見ました。一方で、入所待ちの人数は常に数百人。こういった現実を目の当たりにした時、どこまでが国や自治体の責任で、どこからが事業者の責任なのでしょうか。そして市民には責任はないのでしょうか。

たとえ私がソーシャルワーカーとして民営化に反対しても、この大きな流れに逆らうのは難しいかもしれません。しかし、民営化の利点と欠点を見極め、どのような社会で、大きな流れ中に自分とクライアントが立たされているのか、状況がどのように変化してきたのか、これからどう変化していくのか、そして、ソーシャルワーカーとしてクライアントに何を提供すべきであり、実際には何ができるのかについて改めて考える必要があるのではないかと感じています。

私は「個人的なことは社会的なこと」であると考えています。そして、ソーシャルワーカーは個人と社会をつなぐ大切な役割を持っていると思っています。日々クライアントに接していて現実を知っているソーシャルワーカーだからこそ、社会に対し実感を伴う言葉を伝えることができるのではないかと思います。日々の実践の中で感じている皆さんの声を、私も聞きたいと思っています。