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トロントの子どもの貧困対策(4)

ソーシャルワーク・タイムズ vol100 子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.45

· 非営利組織,児童福祉,貧困

これまで3回に渡り、カナダ・トロントの子どもの貧困についての福祉サービスや制度を紹介してきました。最終回の今回は、福祉サービスを民間組織が行うことについて、そして子どもの貧困をなくすために何が必要なのかを考えます。

カナダでは非営利組織や民間のチャリティー団体が福祉サービスを担っており、活動も盛んです。日本でも民間組織による福祉サービスが広がっていますが、それがベストかというと、そうとも言いきれないようです。

福祉サービスを民間組織が行うということは、民間の会社経営と同じで「競争原理」が働きます。民間組織はなるべくコストを押さえるため、人件費を押さえたり、サービス間競争に勝てるように「自助努力」をします。これは行政側が福祉サービスの費用を抑えることができるという点で、利点となります。

しかし「自助努力」とは、悪く言えば、民間組織による助成金とユーザーの取り合いにも繋がります。

トロントの福祉サービス提供組織を見ていても、無条件で補助金をもらえるわけではないので、計画をたてて申請をし、また利用者を呼び込むことにも追われます。近年では組織運営と資金の使い道の透明性が叫ばれており、各種報告も膨大な量になり、事務作業にもおわれます。

もし助成金や委託金が獲得出来なければ、一部のサービスを有料化、値上げする場合があります。またそれでもだめな場合には、スタッフを解雇したりプログラムを終了する場合もあります。そのため、最近では福祉サービスのスタッフは、6ヶ月等の有期雇用やプロジェクトがある期間のみの雇用などの不安定雇用に加えて、低賃金になっていると言います。私の知り合いの勤める福祉サービス事業所は、市からの委託事業を担っていますが、運営費が不足したため、12月の1ヶ月間、一時的なスタッフの解雇と事務所の閉鎖、サービス提供の停止をすることになりました。

カナダで色々な民間団体が福祉サービスを提供する方法は、利用者側に欠点もあります。

まず、サービス間を調整する役割の機関や相談窓口がありません。ですので、基本的には自分で必要な福祉サービスを探して、申し込みをしなければなりません(直接契約)。例えば英語が話せなかったり、カナダやその地域に新しく来た人などは、かなり戸惑うと思います(私もかなり戸惑いました)。(また低所得世帯の子どものためのサービスや教室があったとしても、参加させるためには親が送り迎えをしなくてはならない、など子ども向けのサービス特有の課題もありますね)。

一方、日本の市町村の役所では、(縦割りだったとしても)様々なことを教えてくれる窓口があり、認可保育園や学童が(待機児童がいるけれど)整っていて、一括で申し込みを受け付けているのは利用者として素晴らしいことだとも思います。どんな人でもアクセスしやすい日本のような保育制度は、カナダの福祉で最も求められてるものの一つです。

日本では、保育園も学童もどんどん民営化されていますし、全国で児童館も廃止されてきています。しかし、日本の既存の福祉のよい部分は断固として守っていく必要があるでしょう。それと同時に質を高めて(維持して)いかなければならないと思います。日本の福祉や保育制度は世界的に見ても優れている部分が多いですし、特に子どもの貧困という視点でみた場合、既存のサービスは最低限必要なものでもあると思います。

民間組織が既存の制度で不十分な部分を担うことは、喫緊の対策として必要です。ですが、日本のように自治体が(不十分であっても)福祉サービスを行っているところで、民営がそのかわりを行う場合や、結果的に競争関係になる場合、将来的に行政側のサービスの削減や、それに伴う質の低下や、費用の削減に繋がることがあることも想像しなければなりません。民間企業は儲からなければ撤退します。その場合、最終的には利用者すなわち市民にそのしわ寄せがいくことになります。

<子どもの貧困に本当に必要なものとはなにか>

今回、紹介した子どもの貧困に対する福祉サービスの多くは「対処療法」でしかありません。

「福祉」は、個人の労働と福祉制度&サービスが切っても切れない関係にあるからです。貧困は本人の収入が大きく結びついているので、福祉サービスだけでは解決できません。

カナダで1991年から子どもの貧困に関する活動をしている団体Campaign2000は、その「根本的解決」を訴えています。それは…

・ 子どものいる家庭の収入を増やすこと。

安定した仕事、就職先の確保(非正規、パートの仕事ではなく)

・ 子どものいる家庭への現金給付の増額

・ 安心して安価に住み続けられる住居の確保 などです。

このうち、子どものいる家庭への現金給付の増額が昨年(2014年)実現しました。

民間の福祉サービスを行う組織は、サービス提供と同時に「アドボカシー(社会への訴え)」を行っていく必要があります。既存サービスの守るべきものは守る、なくて必要なものは必要と言っていくことが求められます。

その際に、最も大切なのは「当事者の声」を聞くことだと考えています。子どもの貧困の場合は、子どもの声であり、親の声でもあります(子どもの貧困は親の貧困でもあるからです)。親への支援は子どもへの支援に直結します。また親が忙しい時、余裕がない時などには、どうしても子どもにツケがきてしまうのだと思います。 そういう親を支援することも「子どもへの支援」で必要なのだと、私は思います(仕事をしていない専業主婦の方の方が精神的疲労が溜まっているというデータもあります。仕事の有無に関わらず、子どもを見てもらえたら…ということは誰にでもあると思います。)

「声を聞く」というと簡単そうですが、自分の声を出すことを慣れていない子どもや親は、本当の言葉が出るまでに時間がかかることも多いです。長年に渡る我慢や抑圧を内面化している場合には、本人が持っている力を取り戻し、自分の経験を言葉にしても良いのだと認識することは簡単ではないからです。(これを「反抑圧主義AOP Anti Oppressive Practiceと言います。これについてはまた別の機会に…)

<子どもの貧困は誰の責任か>

最後に考えたいのは「子どもの貧困」に対する福祉は誰の責任か、ということです。

子どもを生んだ親でしょうか?政府でしょうか?自治体でしょうか?関連して、費用はだれが負担すべきでしょうか?利用者でしょうか?民間の財団や個人の寄付ですべきでしょうか?税金でしょうか? 今、皆さんで考え議論する時が来ているのではないでしょうか。

世界各国の福祉サービスは、それぞれに異なりますが、サービスの成り立ち、既存の制度、社会の仕組みだけでなく、個人の価値観が大きく関係します。その上で、何が今の日本に必要なのかだけでなく、将来どのような制度やサービスを作り、行政・民営がどう分担して担っていくべきなのか丁寧な対話をするべき時期にあるのではないかと思います。

(追記:カナダ・オンタリオ州では、2017年9月から所得が5万ドル(約450万円)未満の世帯は大学の学費が無料になることが2016年に決定しました。さらにそれ以上の収入がある人に対しても、今以上に様々な奨学金やローンが用意される予定です。詳細はこちら

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