エビデンス・ベースド・プラクティスとは(1)EBPとは何か

ソーシャルワーク・タイムズ vol91 子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.37

· 大学院,制度政策

【エビデンス・ベースド・プラクティス(EBP)とは】

現在、カナダのソーシャルワーク業界ではエビデンス・ベースド・プラクティス(EBP)が流行っています(まだソーシャルワークの主流とは言えないかもしれませんが…)。EBPとは「様々な方法で検証された科学的根拠に基づく実践」のこと。この考え方は医療から始まったもので、慣習や医師の経験に依存した治療法を排除し、科学的に検証された研究結果に基づいた治療を行おうというものです。1990年代から欧米の主に医療、看護、保健、ソーシャルワークなどに広まっています。(カナダ・オンタリオ州にあるマクマスター大学(お隣の市にある大学です)のDavid Sackett教授はEBPの父と呼ばれているんですよ)。

私の所属するトロント大学大学院のコースでもEBPの重要性が盛んに言われており「EBPのための計量調査」という必修授業があります。授業の目的は、計量分析の調査結果(論文)を読めるようになることで、クライアントさんに最適な支援方法や心理療法を選べるようになる、というものです。具体的な内容は、1. 実際に抱えているケースや関心のあるテーマを選ぶ、2. 具体的な仮説やリサーチクエッションを立てる、3. 数ある研究結果を読みこむ、4.その中から自分のクライアントさんに合う支援の方法を選ぶ、というもので書いてみるとシンプルなのですが、それぞれに適切なやり方があってとても時間と労力がかかります。

【仮説とリサーチクエッション】

少し話しがずれますが、調査で使われる「仮説」や「リサーチクエッション」という言葉を聞いたことがありますか?

少し説明しますと、例えば介護福祉士が利用者さんの認知症の症状を緩和したいと思っているとします。運動は効果があるかな?と考えている場合…

『リサーチクエッション』は「認知症状を緩和するにはどのような方法があるか?」または「運動はクライアントさんの認知症状を緩和するか?もしする場合、どのような運動か?」となります。一方、『仮説』は「ストレッチ運動はクライアントさんの認知症状を緩和する」と断定的なものになります。

EBPの場合は、莫大な研究結果から適切な支援方法を調査するので、なるべく具体的な仮説がよいとされます。

そして調べた結果「ストレッチ運動はクライアントさんの認知症状を緩和する」という仮説が『支持』された場合は、それを実施することになるでしょう。『支持』されなかった場合、新たな仮説を立てて調べ直しとなります。

なお、計量調査の分析では仮説が「証明された」や「実証された」とは言わず、「この仮説はこの研究の中では有効だった」という意味で「仮説が支持された」と言います。

論文の中では、大規模な社会調査などの量的(計量)調査で使われるのは「仮説」、質的調査(インタビューや観察など、少人数に注目して内容を掘り下げるもの。人類学などでも使用)で使われるのは「リサーチクエッション」が多いです。

【EBPの利点と留意点】

さてEBPは、クライアントにベストな支援や援助を行うことができる、無駄や不適切な援助や介入を防ぐことができる、考えられており、費用対効果の面でも利点があるなど(いつ、誰の、何に対する効果なのかというツッコミは置いておいて)、様々な効果があると考えられています。また近年では、税金・助成金や補助金の「使い道とその結果の見える化」が求められているので、実践内容が有効であることを示すためにも使用されます。

ちなみにトロント大学では、医療や看護はもちろん、政策研究科でも計量分析の授業が必修だそうです。また、学術的な研究を現場のスタッフに分かりやすいように短く簡単に書き直して提供したり、関心の多いテーマのセミナーや研修を行う、いわゆるEBPの橋渡しをする会社もあります。

このようにEBPは非常に有効であると考えられており、日本でもこれからより一層、医療、看護、保健分野だけでなく、福祉や政策立案の場でも求められていくと考えられます。

ただし私はEBPの概念を導入する際に、留意しなければならないことがあると考えています。それらは…

1. 北米の理論をそのまま持ち込めるのか

2. エビデンス(科学的根拠)をどのように捉えるか

3. その研究の信頼性について

4. ソーシャルワークの「成功」とは何か、という点です。

次回これらについて考えます。(つづく)

関連記事:資生堂財団発行『世界の児童と母性』(2017.10) Vol.82, p62-64「CAS に調査研究部門を設置する意義―トロントでのソーシャルワーク留学記から」