トロントにおける先住民と福祉

子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol. 77 ソーシャルワーク・タイムズ vol.141

· 制度政策,児童・教育

トロント市の公立学校では毎朝、国歌(O Canada)が流れます。国歌が流れている間、生徒は起立して静止します(オンタリオ以外の州だと放送しないところもあるそうです)。

O Canadaの最初の歌詞は次のようなものです。

O Canada! Our home and native land! True patriot love in all thy sons command.

直訳すると「おお、カナダ。私たちの故郷そして祖国。汝の子すべての中に流れる真の愛国心」です。

O Canadaの前に流される校内放送がこの秋からトロント市の教育委員会の全学校、約580校で変わりました。次のようなアナウンスが曲の前になされるようになったのです。

先住民との協定に従い、私はこの学校が伝統的な領土に立っていることを確認したいと思います。この領土とはウェンダット、アニシュベック国、ハウデノサウニー連邦、ミシサガ、メティス国が含まれます。(中略)また、私はこの地に恒久的に先住民の人々が住んでいることを理解しています。」(*1)

私たちが暮らしている土地はもともとは先住民の土地である」ということを、放送で言うようになったのです。

カナダにヨーロッパ系の移民が入植する以前、もともとは先住民が住んでいました。今はその人口比率は4%ほどとなっていますが、北部の州など地域によって先住民が80%以上を占める場合もあります。

しかし、これまで先住民に対する政府の対応はひどいものであったと指摘されています。カナダでは「先住民」というステータスがあります。1961年までは教育を受けた人はこのステータスを剥奪されたり、1985年ごろまでは先住民以外の人と結婚した女性はこのステータスを剥奪されたりしました(*2)。

また1960年代から80年代(一部では90年代)まで、先住民の子どもを家族のもとから引き離し、集団生活をさせたり養子にするなどの政策(Sixty’s Scoopと呼ばれています)が実施されていました。さらに過去数十年間で、行方不明や殺害されたとされる先住民の女性や子どもの存在が明らかになっています。

今でも先住民の人々の社会・経済的状況は厳しいものがあります。特に北の方に住む人々は、高等教育機関や雇用先が不足していたり、住宅事情が悪かったり、非常に物価が高いなどの問題があります。またアルコール、精神疾患などの問題を抱える人も多いのですが、医療や社会福祉サービスは不足しています(例えば、病院やクリニックが近くにない。専門家がいない、など)。トロントに住む先住民の方々も貧困状態にある方の割合が高いです。

このような状況に対し去年の10月にトルドー首相に変わってから、政府の対応が少しずつ変わり始めたようです。トルドー首相は行方不明になっている先住民の女性や子どもの調査に乗り出すことを表明し、医療や精神保健サービスの充実なども約束しました。

1960年代から80年代ごろのいわゆる”Sixty’s Scoop”は、当時、ソーシャルワーカーや教育者が行政とともに「よりよい教育、環境を与える」という名目で行われました。今、カナダのソーシャルワークでは、当時の反省をすると共に、先住民族に限らず、当事者の民族や人種や宗教、社会文化的背景を踏まえた、あるべきソーシャルワークとは何かを再考し、実践する必要性が叫ばれています

ちなみにトロントには児童相談所のような施設(CAS)が4組織あります。その一つが「Native Children’s Aid Society」という先住民のための組織です。

現在、カナダの国のあり方として多様性が一つの柱となっており、トルドー首相はその施策を大きく打ち出しています。これまで以上に難民や移民を積極的に受け入れており、去年の年末から緊急措置としてシリア難民を3万人以上受けいれています。

先日国連で、難民の受け入れに関してトルドー首相がスピーチをしました。

「カナダは多様性を国の強みだと考えています。弱みではありません。『違いがあるにも関わらず』ではなく『違いがあるからこそ』私たちの国は強いのです。(中略)カナダは過去にいくつも過ちを犯しました。世界大戦時にはウクライナ系、日系、イタリア系の人達を収容所に送りました。ユダヤ人やパンジャブ難民の乗るボートを追い返し、今でも先住民に対する差別は無くなっていません。しかし重要なのは、私たちが過去の過ちから学び、より正しいことを行うということです。」

トルドー首相の政策の実効性は、まだまだ足りない、ともパフォーマンス的であるとも指摘もありますが、社会も徐々に変わってきているようです。

トロントの道路標識も変わり始めました。トロントの道には全て名前がついていて標識があるのですが、先住民の伝統的な名称を併せて表示するところが出始めたのです。トロントに来ることがあったらぜひ見てみてください。小中学校でも、先住民の生活などについて詳しく学習しているようです。

これらは形式的なものかもしれませんが、公式に学校や公共の場で先住民の存在を認め、リスペクトを示すことはとても大切なことだと考えます。特に小学校で小さい頃からこのような放送を毎日聞くことは、未来では大きな違いを生むのではないでしょうか。

日本では、沖縄やアイヌの人々について、どのような状況になっているのかとても興味があります。

*1:CBCニュース ウェブサイト

*2:ブリティッシュコロンビア大学 First Nations and Indigenous Studies.