ソーシャルワーク教育と計量論文

子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.65 ソーシャルワーク・タイムズ vol.120

· 大学院

やっと桜が開花したトロントです。カナダにはゴールデンウィークなるものは、当然ありません…。
さて、今日はソーシャルワーク教育の中の「計量論文」のお話です。

日本の福祉系の大学や大学院ではどのくらい計量的な論文の読み方を勉強するのでしょうか。

トロント大学のソーシャルワーク大学院では「エビデンスベースド」な実践がとても重要視されているため、「リサーチメソッド」なる授業が必須です。この授業では計量的論文の探し方とその読み方を勉強します(計量分析の実際のやり方や、論文の書き方を勉強するのではありません)。

多くの論文の中から最適なものを選び、それをもとにして、クライアントにあったアプローチや治療法を選択するという意味合いがあります。以前からお伝えしているように、カナダやアメリカではソーシャルワーカーが心理療法やカウンセリングを行うので、クライアントに最適な治療(セラピー)を選択して実施する必要があるのです。

実際の授業では、実習で担当しているクライアントさんや、以前の職場や身近なケースに基づき、「解決したい問題や状態」を自分で設定し→論文を探し→それを評価して→実際の支援計画を立てるという一連のプロセスを行います。現場にでた時に、論文を探して、読んで、使えるようになることが求められているのです。

私は一応、日本の大学と大学院で「社会学」を専攻していたので、計量論文は読めるはずなのですが…、論文を探す過程がかなり違いました。

<社会学の場合>
社会学の場合は、自分のリサーチクエッション(疑問点)や仮説を検証するため、社会学系のデータベースにキーワードを入れたり、そのテーマを扱っている本を探して「量的調査(アンケート調査)」や「質的調査(インタビューや観察など)」の論文を手当たり次第に読んでいきます。「これだ」という論文を見つけたら、その後ろについている文献リストからまた関係あるものを選び、読むということを繰り返し、数多くの論文を読む中で、その事象に対する理解や知識を蓄積していきます。
社会学の場合には、その過程の後に実際にインタビューや計量調査をして、社会の事象や人々の行動や意識についての仮説を検証したり、リサーチクエッションを解く論文を書くという目的があります。

<ソーシャルワークの場合>
論文の検索には、心理学や医学系のデータベースを使用しました。
関連したキーワードを入れるところまでは同じです。
(英語の場合には、語尾よってその数が限られてしまうことがあるので、末尾はぼかします。たとえば「うつ」について調べたい場合には、depression, depressedなどがすべてヒットするように「depres」まで入力するなど)

たくさんの論文がヒットした場合には、その数を減らすためにキーワードを増やします。例えば、クライアントの属性(例:youth)を加えるなどです。

そして、ある程度数を減らしたら、論文の中身に対して、「基準」を使って点数をつけ、高い点数=最適な論文を選びます。
「基準」とは例えば、コントロールグループ(セラピーを行ったグループと行わなかったグループを比較している)を使っているものを優先的に選ぶ、や、セラピーの前と後で両方結果を測定しているものを選ぶことや、対象者はランダムに選んでいるものが良いなど。論文の中の様々な項目(きちんと有意性を検証しているか、サンプルサイズなどなど)をチェックして、点数をつけて、高い点数の「最適な論文を選ぶ」というのです。

クライアントに最適なセラピー(治療法)を選ぶという「医療モデル」が採用されていると言えます。

しかし社会学を勉強していた私は、「論文は数を読まなくちゃ分からない!(最初にそんなに絞られても…)」という考えや、「心理療法が効果があるかどうかは、クライアントさんの社会的な側面が大きく関連するのだから(Bio-Psycho-Socialの考え方)、治療方で『これをやれば必ずこうなる』というものはないんじゃないか」など批判的に考えてしまいます(笑)。

また、私は質的調査が専門なので、論文の中身に項目ごとに点数をつけて総合得点によって評価することへも違和感があります。(もちろん計量論文なので有意性の検定は必須ですが)

ちなみに、アメリカやカナダのソーシャルワークの大学院は大学で計量分析や統計の授業を取っていることが受験資格になっている学校もあるので、もし現在学生さんで海外のソーシャルワークの大学院に進学したいと考えている方は、学部の間に履修しておいた方がよいかもしれません。

また現役のソーシャルワーカーの方もも、計量分析は「読むだけ」ならそんなに難しくないので、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか(計量分析の論文を読むことと、統計を理解することは全然違います)。

とは言っても、カナダのソーシャルワーカーが計量分析の論文が完璧に読める、そしてそれを利用している、ということでは必ずしもありません。ちなみに、そんな時間も余裕もないソーシャルワーカーや福祉の職員のために、最新の論文やデータを簡単に要約して配信するサービスを行っている会社もあります。

さて私は、副専攻でとっていたアジア研究の授業で「社会学」の計量分析を使用した論文を書くことにしたのですが…これにより眠れぬ夜を過ごすことになりました…。
これに関しては、また今度。それでは、今日はこのへんで。