苦手と向き合い、専門職としてのあり方を考えた

ソーシャルワーク・タイムズ vol.155 子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol. 91より転載

· AOP,組織論

よくわからないと思いますが、上の写真は凍ったナイアガラの滝を滝の下側から写したものです。とっても寒かったです。

さて、私は、英語での電話での問い合わせが苦手です。日本語だったら大丈夫なのですが。。。

カナダに来て、自分のことだけでなく子どもの学校、さまざまな制度など市や州への問い合わせをしなくてはならない場面があります。なるべくメールやウェブサイトで問い合わせをしますが、電話での問い合わせが必要なことも多く、それが苦手なのです。(電話って待たされるし、向こうの行っていることも聞き取りにくいし、話すタイミングが重なるし、身振り手振りは使えないし…)

問い合わせの電話をかけるたびにぐったりと消耗してしまいます。

まず、電話で問い合わせなければならない時は、何か問題が発生している(わからないことがある、不具合があるなど)という、ストレスがかかっている状況というところからスタートしています。

問い合わせの前には、電話で始めに何を言うか考えて、頭の中でシミュレーションして…。

問い合わせ内容が簡単なものならばいいのですが、少し複雑な説明などになるとより一層大変になります…

その時に対応してくれた人が不親切だったり、上から目線だったりするのを感じると、もう絶望的な気持ちになります。

英語がある程度できる私でそうなのですから、言語に不自由している場合にはより一層大変なのではないかと思います。

ちなみにオンタリオ州には、病院や裁判所で、公費で通訳をつけてくれるサービスがあります。登録しているコミュニティ通訳者が、電話で通訳してくれたり、その場に来て通訳します。(通訳者があまり日本語が上手ではない人もいるそうですが…)

カナダでもそうですが、日本でも福祉制度は、自分で申請しなければならないものが多いです。外国の方には制度が複雑で分からないということもあるのでは…と思います。

たとえ制度について母語で相談できる人や場所があっても、やはり最後は自分でその国の言葉で申請したり、直接問い合わせをしなければならないことが多いでしょう。

たかが電話、されど電話。この緊張感と消耗する感じは本当に苦手で、できれば避けて通りたいのですが、しかし同時に、この「不快」は非常に大切な学びではないかと思うのです。

私の電話に対する苦手さがどこから来ているのかは、別の機会に考えることとして、現場に立つ専門職として、このようなことでも、人はとてもストレスがかかっていたり、消耗することがあるのだということを忘れてはならないと思うのです。

ただでさえ、福祉制度の「相談する側」と、「相談を受ける側」は、権力構造になりやすいのです。最近は、それはよくないことで、「支援する側・される側」は、対等な立場で協働しなくてはならないと考えられています(反抑圧主義/AOP)。しかし実際には「支援をする側」が上で、「支援をされる側」が下の立場に置かれやすいのです。

そんな状態ですから、私の場合、問い合わせをした先の人が親切だったり、丁寧に聞いてくれたりすると、「この人、いい人ー。天使かしらん」と思うくらい救われた気持ちになることもあります(大げさ)。

だから自分も「普通」でよいので丁寧対応を心がけたいと思うのです。自分がいる社会や、知識を当然のものとせず、相手の求めるものを把握して、過不足なくきちんと対応する。必要な情報を伝えたり、自分が対応できない範囲のものは、様々な制度や組織につなぐ。

それは対応の基本中の基本だと思います。 

ですが実際には、いろいろな要素が相まってそれができていないことがあると思うのです。 

忙しい時?、同じことを何度も聞かれる時?、何度も言わなければならない時?、話がなかなか通じない時?、規則でどうしようもない時?、疲れている時?、はたまた給料安いから?…などなど。 

私は自分が丁寧な対応ができない時は、何らかの理由があるのですが、他の人(特にカナダの人)もそうなのでしょうか。(いや、そうじゃない人もいるかも。すっごく無愛想な人いるからな〜。)

今回は、自分の「苦手」を手掛かりに、専門職としてあるべき基本の姿を考えてみました。